![福砂屋のカステラ](/400th/img/hero-castella.png)
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![ゆっくりと未来へ](/400th/img/text-copy.png)
おかげさまで福砂屋は今年、
創業400年を迎えます、
本当にありがとうございます。
1571(元亀2)年に、
ポルトガル貿易港として長崎港が
海外へ向けて開かれました。
長崎へ到着したポルトガル貿易商人は、
市中の船宿に暮らし、
町民との交流も日常の事でありました。
ポルトガル人より、
カステラの作り方を教えてもらう
環境は整っていました。
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福砂屋の創業は、1624(寛永元年甲子)年。
内町が拡張された引地町。
その近傍には、のちにサンタ・マリア教会と
呼ばれる小聖堂がありました。
伝来当初の南蛮菓子カステラは、長い航海に
耐えられる保存食で、二度焼きされた固い食感でした。
1625(寛永2)年の小瀬甫庵著、「太閤記」には
宣教師たちが「下戸には、かすていら、ぼうる、こんへい糖
などの南蛮菓子を与えて布教した」とあります。
そして程なく幕府から鎖国令が。
そののち幕末まで日本は、
サザエのように殻を閉じてしまいました。
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長崎の出島は日本で唯一鎖国の窓でした。
私たちの創業の地長崎は
海外からの風を常に感じることのできる
唯一の街でした。
この海に向かって世界に開かれた長崎で、
幾世を経てカステラは、
日本の風土と共に
和菓子へと美味しく変容いたしました。
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2024年、
働き方も社会のありさまも、
全てが目まぐるしいスピードで
変化していく時代に、
福砂屋は400周年を迎えます。
変わることや新しいことが
全て尊いのではなく、
自分たちの大切なものを
ゆっくりと着実に見極めて育てていきます。
一歩一歩確実に、
その先に
新しい福砂屋の姿が
あると考えています。
伝統は頑なに守るものではありません。
伝統は大切に育てていくもの、
私たちは、そう考えています。
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